コンサルティングのサンプル・ケース

  1. まえがき
  2. 中小企業の人事の課題
  3. 建前と本音の大き過ぎる乖離
  4. 導入時の問題
  5. 現実的な導入方法

まえがき

弊社は中小企業の人事のコンサルタント業務もお引受けしておりますが、その経験から、日本の中小企業の人事には、ある種の共通の悩みや課題があることを認識しております。
以下には、中小企業においては珍しくない、というよりもむしろしばしば遭遇するケースのサンプルです。これらのケースは「らくちん社長-賃金決定」という賃金決定パッケージを導入することだけでは、人事の本質的な問題を解決できない、つまり、ソフトウェアという道具で解決できること「以前」の問題が山積したケースです。ただ、往々にして、「それがソフトウェア導入では解決できない種類の問題である」ということを経営者ご自身が納得できない場合が多く、この点こそがコンサルティングを必要とする点であると認識しております。
この認識をもとに、一般的な問題点の指摘と解決の糸口を探ってみます。弊社のコンサルティングが問題解決の一助になれば幸いです。


中小企業の人事の課題

中小企業は、従業員数3人くらいの個人商店から300人ぐらいの店頭上場一歩手前の会社まで幅広く存在します。小学校のクラスでは、担任の教師が生徒の一人一人を十分に把握するには一クラス35人が事実上の限度と言われております。それ以上では、配慮が行き届かない生徒が何人も出たり、あるいは一人一人の把握が不正確になったりするとのことです。この点は、企業の場合も同様です。企業には中間管理職が存在しますが、中小企業では一般に管理職が育っていないケースが多く、こと人事に関しては中間管理職に任せることができないので、結局は社長が全従業員を管理せざるを得ない(可能か否かは別として)、というのが現実であります。

中小企業も、従業員が20人を超えたあたりから、必ず落ちこぼれ(社長がその従業員のことを良く把握していない)が出てきます。こういう従業員は、例えば、「宴会などに欠席しても誰も気が付かない」ので、社長はまず絶対に気が付きません。従業員の不満が潜行してくるのはこの頃からです。そして、人事管理をしっかりしないまま、従業員数が35人を超えますと不満が顕在化します。「不満」は、最初は仕事の内容や人間関係の感情的な事でスタートしますが、最終的には「評価(賃金)が不公平だ」という形で結論されます。この状態のままで50人を超えますと、別の問題(事故や製造ミス、顧客とのトラブルや管理の不行き届きなど)が噴出してきますが、これらは大抵、この「不公平感」が遠因となっており、経営上の問題の殆どが「人事の問題」となってしまいます。 しかしながら残念な事に、社長がそれに気が付いて対応しようにも、往々にして「人事システムそのもの」が不在であったり、あるいは「具体的手法が分からない」とかであったりと、いろいろの理由はあるものの、本質的には、社長が「人事の重要性を認識していない」の一言に尽きる理由で、つまりは、「直ぐには解決できない場合がほとんど」ということになります。また、こういう情況の会社では、資金繰りには真剣になっても、人事には真剣になる社長はあまりおられず、多くは、この従業員数(50名)の段階で発展が止まります。このようなケースでは、社長の「普段の言葉」とは裏腹に、実は「人事に関心がなかった」ということになります。

日本の中小企業の発展は、従業員数で70人の規模が一つの壁となっており、この段階で止まってしまうケースが圧倒的に多いといわれています。これは上に示したとおり、人事上の管理限界に、社長が気がついていないことが大きな理由になっています。

人事管理が不備なまま、従業員数が35人を超えますと、1割ぐらいの従業員が「なんで、アイツの方がオレよりも給与が高いのか?」と文句を言ってきます。これが合理的に管理された状態での、従業員の能力と業績を示した上で、それと賃金との関係を論理だって説明できれば、たとえ絶対額には不満であっても従業員は納得します。中小企業では、賃金金額は「決定こそされてはいる」ものの、多くの場合、基本となる賃金表もなく、学歴、年齢、年功、職能や職位、各種の資格や免許、業績に対して、「どういう理由と、どのような基準で」、基本給や手当が支給されているのかが系統的に確立されていないため、極端な例では「年齢も学歴も職歴も技術も上のオレが、なんで新人の給与よりも少ないのか?」という文句が出てくるような場合があります。

この状態のままで50人近くになりますと、人事の不満から有能な従業員が次々に辞めていきます。心ある社長は、必死で従業員全体の賃金バランスを考慮しながら、合理的で公平な賃金やボーナスを決めなければならない事になります、が、これを手作業でやるのは実は大変であります(後述)。あるいは面倒なので、いい加減なところで妥協して、多少の矛盾は放置するか、あるいは弥縫策で、文句を言って来た従業員に対してだけ、一時的な調整給でお茶を濁してその場だけは切り抜ける、という方法をとりますが、それが他の従業員に伝わりますと、明快な理由がないだけに益々他の従業員が不満になる、という悪循環に陥ります。

中小企業に限らず、企業経営では人件費の総額は、経費の中でも最も重要な要素であります。従って、各従業員の賃金を、「下から積み上げた金額総額」でそのまま認める訳にはいきません。必ず、その経営年度での人件費総額の上限を決めることになります。いかに「従業員間の賃金バランスをとる」とは言っても、この総額の範囲を超えることは簡単には許されないでしょう。

賃金には、学歴、年齢、年功、職能、職位、インセンティブ給、業績給、免許資格手当、スキル手当、その他福利厚生の手当など、多くの要素があり、そのうちのどれか一つだけを優遇したり廃止したりしますと、結果として特定の従業員だけが有利になったり不利になったりします。特に賃金体系に変更を加えますと、その過渡期において、急激に賃金が上がったり下がったりし、連続性がなくなり、そのこと自体がまた別の問題を起こしたりします。これを回避するには、賃金体系を変更しても切り替えの時点では大きな変化はないものの、時間とともにジワリと確実に効いてくる、というのが良いわけです。これを「100%達成する」ということは無理としても、全体の80%以上に適用でき、残りは調整給で解決できるようにすれば良いわけです。

これを実践するには、上に述べたそれぞれの賃金要素を、少しずつ変化させた組合せを何十通りも作成し、それらの組合せケースを何十回となく繰り返すことで、「一番多くの従業員にとって、現状の賃金との整合性が保てる組合せ」を発見するまで再計算(シミュレーション)することです。そして、幾通りかのシミュレーション結果の数字に基づいた、各従業員間の賃金バランスが、お客様(社長)の感覚的な順番とも一致したところで決定すれば、理屈と感情が一致することから、社長は自信ある賃金表を決定できることになります。

そもそも「人事」は従業員の賃金決定に係ることから、社長の立場としては、あまりオープンに従業員に相談することも憚られます。このため、社長自らが市販の表計算ソフトで、シミュレーションを駆使することになりますが、これは普通、非現実的であり、社長と奥さんが徹夜しながらの計算を試みて結局はやり切れずに中途で諦めている、というケースが多いのが実態であります。


建前と本音の大き過ぎる乖離

「建前と本音」の違いは何も日本に限らず世界中にあり、人々が比較的率直であると言われる米国でも、会社であれ個人であれやはり「建前と本音」があります。(ただ、米国では建前と本音に乖離があった場合は、「武士は食わねど高楊枝」ではありませんが、痩せ我慢をしてでも建前どおりやろう、とする傾向が強いようです。)

さて、とかく「人事」には、この「建前と本音」の差が多いとされています。「販売」においては「建前と本音」に差が有り過ぎますと顧客から「商品クレーム」という形で牽制が入りますので、あまり大きな差はつけられません。しかし、「人事」はあくまで社内のことであり、従業員が人事のことで社長に文句を言うというのは、古今東西、大変勇気がいることで難しいことです。このため多くの業務のなかでも「人事」にはこの「建前と本音」が乖離しやすい体質があります。日本では労働市場が未整備で労働者の流動性が少ないことも一因でしょう。そんななか、特に中小企業の人事においては、この人事方針の「建前と本音」に乖離があり過ぎて、場合によっては殆ど「ウソ」に近いほど裏腹な場合があります。従って、こういう場合は、社長の人事方針を鵜のみにして、文字通りその通りの人事システムを設計してしまいますと、「君は察しが悪いね」などと揶揄されてしまいかねない結果になる場合があります。

例えば、日本の会社の社長には「ウチは実力主義だ!」と主張される方が非常に多いのですが、この「実力主義」という表現そのものは実はあまり意味を成しません。現実には、その社長が「実力」の意味を明確に定義した上で測定方法も定め、それが「ある場合」と「ない場合」に賃金でどれくらいの差をつけるのか、という事を係数的に把握する具体的表現で把握しないと、形容詞的にそのまま受け入れてしまうと間違えるからです。ことさらには「実力主義」を標榜していない外資系の会社と、「実力主義」を標榜する日本の会社の実態が逆であることの方が普通だからです。

具体的な例を挙げますと: 年齢給を議論した場合、「若い奴は頼りない」と主張するお客様(トップの方)がいらっしゃって、「ならば、年齢と伴に上昇する年齢給カーブにしますか?」と確認をいれますと「そうは言っていない・・・」とか「いや年齢ではなく、社歴かな?」と言われるので、「では、社歴に応じて年功給を上昇させます。この場合は年齢や学歴が上の後輩よりも高給になる場合がありますが、よろしいですか?」と確認をいれますと、「いや、それもマズイな・・・」、また「うちは、実力主義だ」と標榜されるので、「では、学歴給は無視しますか」と確認をいれますと、「そういう訳にもいくまい・・・」とか、堂堂巡りの議論になり、結論が出ません。

極端な場合は「年齢も社歴も技術も業績も全てが相当以上の従業員には、他の従業員よりも十分に高給を与えるのですか?」という究極的な質問を致した場合に「もちろんだ!だが、ほんの少しだけ。50円ぐらいは給与を上げても良い」という具合で、事実上ほとんど「評価差をつけず」「評価管理そのものを」「最初からする気がない」という結論になる場合があります。時間を掛けてよくよくお客様(トップの方)の本音を引き出してみますと「有能な従業員をおだてて、賃金を上げずに、なんとか安く、長時間働かせる方法はないのか?このソフトはそれが出来るのじゃないの?」という事になります。あるいは「一旦決めた昇給ルールに基づいて賃金を決定したら、思いのほか昇給額の多い社員が現われてしまった。が、本人が気が付かないうちは、そのことを隠しておき、昇給を出来る限り据え置きたい。」ということも珍しくありません。このような賃金決定方式を「間違っている」とは必ずしも断定できませんが、当初、経営者が、「うちは、実力主義だ!」「成果主義だ!」と標榜していたならば、これは明らかに矛盾することになります。

つまり、このケースの場合、社長の本音は、「実力主義」でやろうなどとは毛頭考えていない、ということです。それは、「実力」の定義や査定が大変な上、社内の軋轢が増えるのも難儀なことだから、出来れば従来どおりに、そこそこ穏便にやって行きたいのです。だからと言って今どき「年功序列」だと言うと、若い社員が頑張らないので、ウソとまでは言わないが、リップサービスで「実力主義!」という掛け声だけを大きく唱えて、若い社員に間違った期待を与えつづけて、その実、本当に実力がある社員が仮にいたとしても、昇給差はほとんどをつけず、せいぜい同年同期で高だか月給で50円、ボーナスで5,000円ぐらいの差しか付けない、というケースです。

外資系の会社で同一職務の年俸が最高と最低で4倍ほど違う、ということが珍しくないことを考えると、このケースでの社長のいう「実力」の定義とは一体何なのかが分からなくなります。

このケースは極端であるにしても、これと大同小異のケースが珍しくない日本の現状では、実際に会社の人事システムを具体的に設計する場合、この「実力主義」という形容詞表現だけを聞いただけでは、「設計実務上あまり意味のあることはできない」ということがお分かりになると思います。

さらに、仮にある種の「実力主義」が本当である場合でも、例えばそれが、「談合が上手」といった具合で、世間には公表しかねる類の実力であったりし、明文化した記録としては決して残せないものが結構あったりします。正規の人事システムに、そのような「反社会的な実力」を係数化して入力する訳にはいきません。 その他、大事な取引先の娘さんを義理で雇っている場合とか、株主系列の親戚筋の者を雇っている場合とかでは、たとえその従業員に能力がなくても多少下駄を履かせてでも上乗せした給与を支払わないといけない、という政治的理由も考慮せざるを得ません。

つまり、日本の中小企業の人事方針の「本音」は、このように今でも、「明確で透明な成果主義的な評価基準」に則ったものでは決してなく、従来どおり、年齢と学歴を中心にそえたもので、給与での大きな差はあまりつけず、ボーナスで「成果や努力の多寡を考慮し」多少の差をつける、というのが大半です。またその方が多くの企業では、むしろ正しく機能しているとさえいえます。

ただし、従来と大きく異なるのは、年齢給の上昇を、例えば男子の総合職では40歳や45歳で頭打ちにして、そこから後は、職能格を上げる以外には昇給はしない、というように多少変更してきている、ということです。

また、上記のようなある種「特殊」な実力を考慮する場合や政治的な配慮をする場合でも、具体的な能力や成果の項目としては記録できない類のものが多くあり、とかくこういう場合は、社長が、人事や経理から事前に報告を受けている「ボーナス査定でのデータ」を前にして、人事部長や経理部長に「明確な理由」をなんら説明することなく、「○○君のボーナスはもう少し上げろ」と直前になって突然変更する、というのが一般的です。長年の内に人事部長や経理部長もうすうすその理由に気が付いてくるので、こういう場合、事前に多少上乗せしたボーナス査定をしたり、或いは逆に社長の多過ぎる上乗せを事前に勘案してその分のマージンを先に引いておいたりするなどという、妙な「調整作業」をやりだす場合が発生してきます。

これでは、「システム化」からは程遠い実態になるのですが、これが日本の中小企業の現実である以上、またその方法で今日までそれなりの実績を残してきた以上、その実態に正面から対峙し、現実的に対応するのが問題解決の唯一の道だと判断されます。

「らくちん社長-賃金決定」は、このような現実的な本音の部分に対するシステム化に見事に対応しております。

中小企業が発展し、会社組織がだんだん複雑になり職務や職種も増えてきますと、この職務や職種ごとに別々に賃金表を作成し管理するのが大変で「億劫になる」というのが社長の本音であり悩みでしょう。また、上記の例のように、とかく社内では「美しい建前ばかり言っている」場合は、本音の部分を相談する相手が社内にはいない、という悩みもあるでしょう。

人事システムを構築する場合は、このように「社長の本音」を十分に聞き出してからでないと、誤った人事システムの構築をしてしまうことになります。 お客様での人事のご担当の方は、この点を十分に考慮の上、本音で設計することに留意されることを願います。


導入時の問題

人事システムの導入で問題となりますのは、その大半が、お客様での「人事理念そのものが明確でない」という場合であります。お客様のコンピュータ・システムに、商品としての「らくちん社長-賃金決定」を単に入れこむだけなら、5分も必要と致しません。「らくちん社長-賃金決定」が格納されている配布用のCD-ROMから、お客様のハードディスクにプログラムを複写するだけで済むからです。後はマウスをクリックすれば「らくちん社長-賃金決定」そのものは「単にプログラムとして」は動きます。

問題の本質は、常にお客様(社長)が「従業員の何を評価するのか」を、ご自分でも良く分っていない場合です。

お客様が、人事システムをコンピュータ化する以前から、紙ベースで人事システムを運用しており、その手計算作業の軽減のために「らくちん社長-賃金決定」を導入する、という場合は、比較的容易に導入できます。この場合の問題点は少なく、既存の紙ベースで管理してあった全従業員の人事データをらくちん社長-賃金決定に入力し直すという「作業的」な準備が必要なだけで、これに要する労力は数日の入力作業だけであり、「基本的な判断に苦慮する」ことはあまりありません。システムの切り替えに伴う各種係数などの部分的な修正は当然発生しますが、これらは、言わば建築で言う「現場合わせ」のようなもので、数日の試行錯誤を経た後、適当な値に収斂して行きます。

問題は、お客様が紙ベースでさえも人事管理をしておらず、賃金表も職能格手当表も何もない状態の場合です。この場合は、従業員の賃金は、社長が「鉛筆ナメナメ」で、「エイヤッ」と決めている場合が多く、客観的な資料も何もありません。「社長の勘」というのは、それなりに絶妙ですから、結果からみると、それほど間違っていなくても、「システム化」に当たっては、その「勘」の内容を「分析」して「合理的要素」に「分解」しないと、「システム」としては構築できません。

この場合に、お客様(社長)ご自身に、ご自分の「人事に対する基本的な考え」を整理された形(意味が明確に定義された言葉を用いての人事の理念)で提示することが可能であれば、時間を掛けて整理していけば、最終的には、お客様(社長)の「考え」を「要素」に分解できますが、往々にして、「何を評価しているのか」を、ご自分でも良く分っていないお客様(社長)がおられ、この場合は、お客様(社長)のお考えを要素に分解することができません。つまり、システム化に必要な、基準値や数値化が非常に困難になる、ということになります。

具体例では、先にも述べた通り、「うちは、実力主義だ」と社長が標榜されるので、「では、学歴給は無視しますか」と確認をいれますと、「そういう訳にもいくまい・・・」とか、堂堂巡りの議論になり、結論がでない、というケースです。

こういう場合は、この「らくちん社長-賃金決定」が「従業員を会社の『人財』」と見なして、合理的に評価して管理をする」という商品の目的とは全く異なることを想定しておりますので、「らくちん社長-賃金決定」による人財材管理の運用のための、最初に行う「評価基準そのもの」の初期設定が不可能になり、結局は運用できない、という結論になります。

初期設定は、決して「理念さえ決まれば、一発で決定できる」という程には簡単ではあませんが、何十回となくシミュレーションした結果、「社長の理念」と「感覚的に合う」、数字の組合せが現れると「これくらいのバランスが良い感じだな」という具合で、シミュレーションが収斂していきます。上のケースのように「単に従業員を安く使いたい。ただそれだけだ」という場合は、いかなる組合せのシミュレーション結果が出ようとも、「人事評価のあるべき姿」の基本的思想を持っていないお客様(社長)にとっては、「何がしっくりくるのか」という、その考え自体がないので、永遠に結論が出ません。

この場合は、「らくちん社長-賃金決定導入」に先だって「人事のコンサルティング」を受ける必要があると思われます。


現実的な導入方法

理想的な導入をめざしますと上述のような問題点が露呈されて、かなり敷居が高くなる場合があります。そこで現実的には、「人事の本来のあるべき姿」は一旦棚上げした上で、導入時点では「現状を肯定」した形にし、現状に合わせる(一種の辻褄合わせ)方法が一番「手っ取りばやい」と思われます。

システムが替わりますから、「ピッタリ一致」ということは不可能ですが、8割ほどの従業員の賃金がプラス・マイナス5%未満に入るような係数を探し当てることは可能だと思われます。さらに、導入以前から、一部従業員に関しては評価が過小または過大であると認識している場合は、この導入時のシミュレーションの比較値として、「現状の金額」ではなく「社長の勘」でかまいませんので、その「修正した金額」を新たに比較値として記録し、シミュレーションを繰り返します。だいたい10回くらい繰り返すと現状に近い初期値が数例残りますので、後は、その数例をさらに細かく微調整していき二つか三つのケースまで絞りこみます。それぞれは、多少の重み付けが違い、一つのケースは、「年齢給のカーブを平坦にした代わりに、年功給を少し上げた」、とか、また別のケースは、「年齢や年功給はより平坦なカーブにしたが、その代わり職能格給の金額格差を増やして職能の高い従業員は今まで以上賃金が上がるようにした」、とか、第三のケースは「職能格給にはあまり差をつけずに、スキル手当の格差を大きくした」とか、といった具合です。こうして、3ケースぐらいまで絞りこんだら、後は、お客様(社長)が、今後の経営の基本戦略において、「何を重要視するのか」で決まります。「スキルこそが一番重要」だと認識したら、第三のケースを採用すれば良いし、「いや、うちは社内の融和が大事で、似たような仕事の共同作業も多いから、あまり格差を設けない方がいい」との考えなら、第一のケースだ、という具合です。いずれにしろ、最後は、お客様(社長)自身に経営理念(人事方針)がないと結論が出せません。

こうして一旦決定した評価基準で、改めて全従業員の賃金を査定しなおします。前提にあるように約2割の従業員は5%以上の査定の違いがでてきますが、これは一時的な「調整給」により、その年度は従来通りの賃金レベル(手当類も含めた賃金総額で)に合わせます。そして次年度からは、評価基準そのものを微調整して現状に合わせるか、あるいは調整幅を少なくした再度の「調整給」で辻褄を合わせるかしながら運用を継続します。また、誤差が5%未満の従業員でも、賃下げになる者は不満でしょうから、やはりその年度は「調整給」で先の例と同様の措置をとります。日本の企業では、一般には毎年少しずつ賃金レベルが上がって行きますので5%未満の誤差は2-3年で自然に解消されて行きます。僅かでも賃金レベルの上がった者は基本的には文句はないのですが、「スキル手当は上がったが、基本給は下がった」というように、賃金の内訳が大きく変わりますので、その説明は社長自らが従業員に対して十分に行う必要があります。この場合もやはり「人事の基本方針」を明確にしないと、それを聞いた従業員が納得しません。

こうして、多少の齟齬はあっても、80点くらいで「らくちん社長-賃金決定」による賃金決定の運用を開始し、その後は、年々、各種の評価係数を「微調整」することで、さりげなく評価基準を「社長の意図する方向」へずらして行きます。こうすれば、急激な変化に起因する軋轢も回避でき、「革命」を嫌う、極めて日本的な「漸進的」変化を「計画的」に行うことが出来ます。この場合も、繰り返しになりますが、やはりお客様(社長)の「人事の理念」が明確でないと、「意図する方向」が分らず、つぎはぎで、行き当たりバッタリの修正になり、関連する評価基準間に統一性がなくなったり、矛盾が発生したりすることが起きます。